笠井潔「群衆の悪魔」

夏の暑い頃には読み始めていたが、途中で何度か中断したりして、読み終わったら秋に入っていた。タイトルは「革命の夏」とかにしようと思っていたのだが。

ミステリを好きな人で、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」を知らない人はいないと思うが、どれだけの人が実際に読んでいるのだろうか?俺も小学生の頃ジュブナイルか何かで読んだような気がするが、トリックが有名なんでそれだけが記憶に残っていて、本当に読んだのかどうか定かではない。ちょっと探してみたが、今は創元推理の「ポー全集」でないと読めないようだ。

オーギュスト・デュパンは世界初の探偵と言われているが、笠井潔は「デュパン第四の事件」と副題がついているように、デュパンが関わった4番目の事件を小説とする大胆な試み。他人の創作した登場人物を自作の小説に登場させるのは、古くはモーリス・ルブランの「ルパン対ホームズ」など多数あるが、ここまで深く他人のキャラクターを掘り下げて書いているのは他には知らない。というか、ポーの小説自体をちゃんと読んでないので、わからないというのが正しいが。

ナポレオン帝政が終わったフランス革命時代の風俗描写等がこと細かく書かれており、世界史はあまり得意でなかった俺には、歴史(文学史?)の勉強になる。筆者の「哲学者の密室」は哲学についてまるっきり勉強したことがなかった俺にとっては、哲学書となっている。革命側の心理などは学生運動時代の体験を基にしているようにも思うが、「バイバイエンジェル」で語られるテロの過激派のリーダの心理よりも、暴動に走る群衆の心理に近い。今、フランスで暴動が起きているのは偶然とはいえ興味深い。

推理小説の名を借りた仏歴史書に近いが、ちゃんとミステリの形式を守っているのがすごい。トリックはどれもたいしたことないが、ラストで明かされる秘密など。俺は途中で参考文献と解説を読んでネタバレしてしまったが。

ルイ・フィリップや若き日のマルクス等、実際の人物が登場する中、主人公のシャルルに語るデュパンの考え方は、現代社会を知っている者こそわかることであり、予言みえてしまうのはちょっと残念。しかし、その指摘するポイントはなかなか面白い。

当時のフランス貴族の女性は野生的な香りのする麝香の香水は使わずに、草木の香りのする香水を愛用するようになったのは、下水設備ができはじめ、入浴が習慣化され、汗や糞の匂いを遠ざけるようになったから(強引な要約だが)。個性がなくなり、他人とのつながりが希薄になる都市の群衆化と群衆が要求する悪魔と犯罪。ここら辺はかなり難解でちゃんと理解できたのかわからないが。

純粋な群衆をデュパンは海辺の砂と表現している。砂の粒と粒のあいだには関係がなく、孤立していると。ただ、当時の仏は女性には選挙権がなかったため、デュパンは婦女子を人と認めていないふしがある。つまり、家族のつながりには触れていない。現代は(少なくとも俺が小さい頃は)大家族から核家族に変化とか言われていたが、それが今は少子化とともに原子核(家族制度)は崩壊していっているように思える。